2022年6月25日土曜日

ポケモン言語学?

 川原繁人『フリースタイル言語学』より
ポケモン言語学?という研究分野がある
慶應義塾大学言語文化研究所の川原繁人教授
「ポケモンを遊ぶ人たちには『進化するほど濁音が増える』という連想が働く
これは、日本語話者だけでなく、英語・ポルトガル語・ロシア語でも成り立つことがわかっている
ポケモンの名前を分析することで、言語起源の謎が解き明かせるかもしれない」

言語学の世界に立ちはだかるスフィンクス、そのスフィンクスが投げかける謎
「ヒトという種は、言語を獲得する前に、どのように意思疎通を行っていたのか」
この言語の起源に関する問題は言語学の根本的な問題のひとつで
答えを出すのが難しく、19世紀にはフランスの言語学会が、この問題について議論すること自体を禁止

この難題だが、近年では古生物学者によって、ヒトがどれくらいの時期にどのような生活様式を始めたのかが
そして心理学者によって、赤ん坊がどのような過程を経て言語を習得するのかが明らかになってきた
また動物学者によって、ヒトと他の霊長類との口腔などの構造的な違いが詳細に解明されてきている
これらの知見を統合すると、おそらくヒトの言語(らしきもの)は、だいたい5万年から200万年ほど前に生まれたのではないか?
そんな中、この言語起源の問題に関して示唆に富んだ言語学の研究が報告された
この実験では、英語話者に「石」「果物」「良い」「切る」のような30の単語を提示して
言葉は使わずに、その単語を声色だけを用いて表現してもらった
しかも、この実験、賞金を懸けたコンテスト形式で行った
「一番上手く表現したチームには、$1000払います!」と
多くの人が参加し、素晴らしい声色を披露した
その声色を別の英語話者たちに聞かせ
今聞いた音は、どの単語を指していると思いますか?と推測してもらった
一番表現が上手だった人の声色から
かなりの程度で正しい意味が推測できることが判明した
上の実験で録音された様々な声色を、英語話者だけでなく全部で25の言語の話者にも聞かせ、その意味を推測してもらった
対象となった話者は、日本語、韓国語、ドイツ語、さらには西洋文明とはあまり関わりのない文化背景の人も含まれていた
この大規模な実験の結果、言語や文化の壁を越えて
声色のみから意図されている30の単語の意味がそれなりに推測できることがわかった
つまり、ヒトはイシやクダモノといった単語を発音することなく
声色のみによって、その指し示す意味を模することができ、その感覚は言語の壁を越えて共有されている可能性が・・・
これってけっこうすごい
単語を使わなくて、意味を指し示すことができる

この実験で示されたような、音が意味を模す現象のことを音象徴と呼ぶ
私は、言語進化の謎の探究とはまったく別の理由で音象徴の研究をしていた
そのまったく別の理由とは
「言語学入門の授業をつまらなさそうに受けている学生たちの顔」
もともと言語に興味を持っている学生はいい
でも、そんな学生は残念ながら少数派
そうではない学生たちの興味を引くために、楽しい話題を探しまわり、秋葉原に行ってはメイドさんの名前を分析し、娘たちと遊びながらプリキュアの名前を研究した
私が音象徴を授業で扱うようになってから、学生の目のキラキラ度が上がった気がする

2016年、ある大学で集中講義を受け持った時のこと
PokémonGOのリリースもあり、世の中はポケモン一色
1日目の授業は、上記の理由でずっと音象徴
「ガンダム」って「カンタム」より大きいイメージじゃない?
 「ゴジラ」って「コシラ」にすると、急に弱くならない?
濁音って、なんか「大きくて強い」イメージがしない? 
といった感じ

すると、その授業に参加していた学生が2日目にスライドを用意してきた
彼曰く「ポケモンは強くなると進化して名前が変わります。そして、進化とともに『名前に含まれる濁音の数』が増加する傾向にありそうです
例えば、『イワーク』は『ハガネール』に
『ゴースト』は『ゲンガー』に進化します」

この発表には「素晴らしい」のひと言
観察としても面白いが、何より、ポケモンの世界には800体近い個体がいる
であれば、統計的な分析も可能ではないか
(2016年当時は第6世代までの個体の名前を分析した。本書執筆時点で、LEGENDアルセウスまでに登場したポケモンは905体)
すると、次の日には別の学生がポケモンの属性データをネット上で見つけ出し
それをExcelに落とし込み、しかも、名前に含まれる音をすべて数え上げてくれた
もともと、その集中講義中に統計分析の基本は教えるつもりだったので
せっかくなら、ポケモンのデータを使って、統計分析を学ぼう!という流れになるのは自然なことであった
そして、実際に日本語のポケモンの名前を統計的に分析すると
進化レベルと、名前に含まれる濁音の数は正の相関を示した
上記の「ガンダム」「カンタム」や「ゴジラ」「コシラ」のような例からもわかるように、日本語では「濁音=大きい」という連想が成り立つ

それぞれの進化レベルにおいて、名前に含まれる濁音数の平均
ポケモンは2回まで進化する
確かに、この連想自体は、前々から知られていた
ポケモンは進化するとサイズが大きくなる傾向にあるから、この濁音=大きい、という音象徴的な連想が、ポケモンの命名にも生かされていることが判明
この濁音=大きい、という連想を統計的に実証できた

そして、スライドを持ってきてくれた例の彼は、ポケモン大好き人間だった
「もっと研究したいです!」
ということで、共同研究が始まった

彼と取り組んだ次なる問題は、この音象徴は、ポケモン制作者だけが持つ感覚なのか
それとも日本語話者一般が共有する感覚なのか
この疑問に答えるために、以下のような実験を行った
まずは、実際には存在しないオリジナルポケモン(通称オリポケ)の絵をネット上の絵師さんからお借りした
そして、進化前・進化後」の絵のペアと、実際には存在しない名前のペア(例:「ヒフロ」「ドマナ」)を提示
日本語話者に、どちらの名前がどちらのポケモンに相応しいか判断してもらうと
濁音が含まれる名前=進化後、という回答が多く得られた
また、私は妻を介して子どもの言語習得を専門とするチームとつながりがあったので
同様の実験を小学校に上がる前の子どもたちも対象にして試みた
この結果、子どもたちにも大人と同じような傾向が観察された
つまり濁音=大きい=進化後、という連想、大人も子どももなく、共通して持つ感覚
ポケモン制作者は、この共有された感覚を上手く使ってポケモンの属性を表現しているのだろう

このポケモン研究で得られた洞察を、先ほど紹介した声色研究の文脈で再解釈してみよう
濁音はどのように対象(=大きさ)を模している?
簡略化して言うと、濁音を発音する時、我々の口の中は文字通り大きくなっている
例えば、バ行の子音であるbを例にとってみよう
bを発音する時には、両唇が閉じて、口の中は閉じられた空間になる
また、bを発音する時、喉の中にある声帯を振動させる必要がある
そして、声帯振動は肺から口の中に空気を流すことで起こる
つまり、濁音の発音のためには、口を閉じる必要があり
口の中に空気を流し込む必要もある
閉じた口の中に空気が流れ込むと、結果として口の中が膨張する
風船に息を吹き込んだら膨らむのと同じ

isiとiziと発音した時、子音部分で咽頭(喉の奥)付近の形状がどれだけ異なるかをMRIで撮影したもので見ると
濁音であるzを発音する時に、咽頭付近が大きく膨らんでいるのがわかる
つまり発音上、濁音=口の中が広がる、わけだから、濁音は大きさ、を模しているというのは音声学的にも理にかなっている
濁音=口の中が広がる、という現象は物理法則に基づく生理現象
口が閉じて空気が流れ込めば、その口の中は膨張するという現象は
この地球上で人間が濁音を発音する場合、必ず起こる
であるなら濁音=大きい、という連想は、どんな言語の話者でも成り立つはず
我々が執筆した最初のポケモンに関する論文は、すでに海外研究者の目を引いていて
別の言語での分析を一緒にやりたい、というオファーが殺到していた
というわけで、複数の研究者チームが組織され
世界各国で日本語以外の言語でのポケモンの名前の分析や、実験による研究が始まった
それぞれが大人の研究者をリーダーとして持つ独立したチームでもあるから、私が全員分の研究費を捻出する必要もないし学生に細かい仕事を押しつけなくてもよい
知らぬ間に大家族のリーダーとなってしまった私は、2018年に各リーダーを慶應に召喚……招待し、国際ポケモン言語学会を開催

2022年現在、日本語・英語・ポルトガル語・ロシア語の話者を対象にした実験が完了した
濁音=大きい=進化後、という連想が、これらの言語すべてで成り立つことが判明している
4つの言語の実験結果だけから普遍性を主張することは気が早いということは重々承知しているが、何かをつかみかけている手応えはある
これからも実験対象の言語を増やしていこう

音象徴研究の対象となる音は、濁音に限らない
例えば、”あ”と”い”というふたつの母音を比べると、前者の方が大きく感じられるという研究結果が多くある
この音象徴の効果もポケモンの文脈で確認されるのか実験してみた

例えば、”パーパン”と”ピーピン”のような名前を提示して、どちらがより進化後の名前として相応しいか判断してもらうと
前述の4つの言語の話者すべてが、あ=大きい=進化後、と連想して”パーパン”を選ぶ傾向にある
この連想はどこからくるのだろうか
”あ”と”い”を繰り返して発音してみるとわかると思うが、”あ”の発音時には、口が大きく開く
つまり”あ”の発音の仕方が大きさ、という意味を模している

実は、もっと単純な音と意味とのつながりもある
”ピチュー”と”ピカチュウ”を比べるとわかるように
ポケモンの名前は進化すると長くなる、という傾向にある

つまり名前の長さが、大きさ、をそのまま象徴している
この関係は、実在するポケモンの名前でも多くの言語で確認されているし、実験でも同じ効果が確認できる
ポケモンは名前を呼んで召喚することが多いので、名前が長い=召喚の詠唱時間が長い=強い、的な連想が働いているのかもしれない

さて、発音の仕方によって意味を模すことができる
そして音と意味とのつながりには言語を超えた普遍性がある、という可能性は
言語起源の謎の答えのひとつになり得ると、我々の研究チームは思っている
ヒトが進化の過程で言語というツールを取得する前
このような、意味を模した声色、を使って意思疎通を図っていた可能性は低くないと
もちろん、現在ヒトが操る言語で表せる意味は、声色だけで表せる意味の範囲を大きく超えている
だから、声色を使ったコミュニケーションから言語が派生したとしても
そこにはもう一段階何かしらの大転換があったはずで
実際にそれが何だったのかは未だに謎
しかし、ポケモンの名前を研究することで我々ヒトが言語の違いを超えて持つ共通の感覚が浮き彫りになり
それが言語起源の謎に光を照らすかもしれないということに、私は大きなロマンを感じる

今日も~
アラゲクジャク/ Adiantum hispidulum

6月はじめ
上から
ちょっと玉が崩れてきた
元々、急須が割れて
丸い根茎の玉を
そのまま、コケでくるんだだけなんで・・・
藻類もツいてるし・・・
さて、ど~すべ

0 件のコメント:

コメントを投稿