2024年6月8日土曜日

イランの一面

 イランの地下世界で隠れキリシタンが増えてる
いま若者たちがイスラムをやめるワケ?
イスラム体制による独裁的な権威主義国家、イラン
その国民は厳しい戒律を守り、つつましく生きている
日本人の多くがイラン人に対してこんなイメージを持っていることだろうが・・・
このほど発刊された『イランの地下世界』(角川新書)より
著者の若宮さんは、10代でイランに魅せられ、20代以降は留学や仕事でイランに長期滞在した生イラン・オタク
長年、中東イランとともに暮らす中で得た経験をもとにイラン人の今、宗教観など、日本であまり描かれてこなかったイラン社会の実相や人々の生活のありようが描かれている
イランではイスラム法に基づいて厳しい戒律を求めるイスラム共和国政府と国民の対立が続いている
2022/9/16イランの首都テヘランで女性の髪を覆うスカーフ・ヘジャブの着用をめぐりイランの風紀警察に拘束された女性マフサ・アミニさん(22)が留置場で命を落とした
政権側は病死と主張したが暴行死の疑惑が浮上
国民に不信感が広がりイラン各地で市民の抗議デモが起こる事態となった
ところが、デモ隊は治安部隊による弾圧を受け、一説には530名以上の市民が命を落としたとされる
かようにイランでは体制への反発が大きくなり変化の渦中にある
では、イラン社会はどのように変化しようとしているのか・・・

日本では7世紀に仏教が伝来して以降、力を増した僧侶たちが比叡山で織田信長に焼き討ちされ、江戸時代には完全に幕府権力に取り込まれた
そうした弾圧の結果、宗教が政治の舞台から退くというプロセスが日本にあった

一方イランではそうした血で血を洗うようなプロセスは無かった
イランでは20世紀、レザー・シャー(レザー・シャー・パフラヴィ―、パフラヴィ―朝初代皇帝)が登場し一気に世俗化が進み、イスラム勢力を抑え込もうという動きも見られたが道半ばで終わった
1979年に起こったイスラム革命(イラン革命)で、イスラム法学者が国の最高権力者となるイラン・イスラム共和国になった
政教一致の体制の中で、スカーフの着用を強制することをはじめ、抑圧的な政策も行われた
今、国民には政府が厳格に押し付けるイスラムの規範に対する反発があるの
それを本書ではイスラム疲れと表現してる
ただし、イランの人々が抱えている、アラブに征服された、という歴史的怨念は作られた伝統であると言える
というのはイスラム化以降の時代でも多くの人たちはアラブ人だ、ペルシャ人だという強烈な民族意識は持っていなかった
現在、ペルシア詩人として知られる人物の多くはアラビア語とイスラム諸学に精通していた
アラブ圏に留学していたような人もたくさんおり人の往来は盛んだった
ここに亀裂が入るきっかけとなったのが19世紀以降
本格的にヨーロッパからイランに流入してきた民族主義
その結果イラン人とは、イランとはという問題意識が生まれた
こうして、アラブとペルシャの対立が強調されるようになってしまった
・・・民族主義
用でもない思想

その結果なのか、今ではイスラムとは異なるアイデンティティを持ちたい人がイランでは増えている
棄教してキリスト教やゾロアスター教徒を自称するようになった人々も

イランで棄教や改宗した元ムスリムは、モルタッドと呼ばれ
もし当局に棄教がバレてモルタッドのレッテルを貼られてしまえば、裁判にかけられ死刑も・・・
しかし現にキリスト教に改宗して隠れキリシタンとして生きる人たちが・・・
ゾロアスター教のシンボルであるアフラマズダのネックレスやブレスレットを身に着けて、ゾロアスター教徒になったと自称する若者も
SNSを見ているとイスラムよりもゾロアスター教に言及される投稿の方が多い?
ただし、彼らはゾロアスター教の洗礼のような儀式は受けているわけではない?
きちんとゾロアスター教の経典を読んだことすらない
若者たちは、イラン・イスラム共和国政府への反発のあまり、イスラムよりも古いイランの宗教であるゾロアスター教にアイデンティティを求めたいと考えている?
若者たちは、イスラムへの反発が日増しに大きくなって、それに対して精神的なよりどころを求めている?
日本では5~6年ほど前に、格差社会や賃金の低下が言われるようになると、庶民の味方だった元首相の田中角栄の本がにわかに売れるように
イランでも似たような現象が
イランには若者に限らず政治的なカリスマを異様にありがたがる風潮がある
最近ではイスラム疲れからイスラム革命前の王政復古の声があがり
そのパフラヴィー朝の後継者でアメリカに住むレザー・パフラヴィーをカリスマとして捉える人も・・・
イランでカリスマと呼ばれた政治家はみんな独裁政治を行ったのですが・・・
こう考えてみるとイラン人のカリスマ好きは・・・
イランは、イスラムの非主流派であるシーア派を国教としている
スンナ派共同体の指導者をカリフといいますが、シーア派のそれはイマームと呼ばれる
1000年以上も前の初代イマームのアリー(西暦? ~661)やその息子の第3代イマームのホセイン(同626~680)が篤い信仰を集めている
しかし、それはある意味では個人崇拝的
・・・イスラムでは個人崇拝はNG

その点はスンナ派が攻撃するところでもあるのですが、そこにイスラム疲れに悩む若者たちも便乗して問題視
そうした若者はスンナ派のようにコーランに直接あたり、真理を追い求めることに共感を抱いてる
何人かのイラン人の友人とスンナ派の人たちが暮らす辺境のコルデスターンやスィースターン・バルーチェスターンに行ったとき
彼らは「スンナ派のモスクの方に親しみを感じる」と・・・

体制嫌いのために新たなカリスマを求める人たちといい、国教のシーア派よりもスンナ派を求める若者といい、イランのイスラム共和国による体制はどんどん内部崩壊している?
ただし、仮に再び革命が起きてイスラム体制が倒されたとしても、それが良い選択になるかは?
それはペルシャナショナリズムが焚きつけられた結果かも
イランには大ペルシャ主義とでも呼べる思想が
この思想によるイランとは、タジキスタンやアフガニスタン、究極的にはインドからエジプトあたりまでを指している
たとえばペルシャナショナリズムが刺激されすぎると、イスラム共和国の後継体制は、ロシアのプーチン政権のような著しく民族主義的、排他的かつ好戦的な体制となる危険性も

日本人が踏まえるべきはイラン政府とイラン国民は違うということを認識すること
特に近年のイランでは政府と国民は分けて考えなければならない
先日イランはイスラエルに対して報復攻撃を行いました
日本から見れば本格的な戦争に発展しかねないと映るでしょうが、多くのイラン人は一連の流れをイランとイスラエル両政府による茶番だとみてる
今回イラン側からの報復を見ると、ドローンやミサイルの数は多かったもののあらかじめ周辺各国に通知していて、迎撃できるようにしていたように見える
狙った場所も人がいる住宅地や大都市ではなかった
イスラエルの反撃があったが、多くのイラン人の予想通り限定的なもの
ただし経済事情はこの攻撃で悪化
攻撃後、イランの通貨は一時$1が70万リヤルにまで跳ね上がった
その結果輸入品の値段が軒並み高騰し、ますます生活が苦しくなっている

イランに住んでる人たちからは
「国内の経済はメチャクチャだ。希望が見えない中で戦争なのか……」
この不満を抑え込もう、国内の締め付けがさらに強くなる恐れも
実際、スカーフの取り締まりを行う風紀警察がまた動きだした
イランの外患に付随して国内で起こる様々な問題に、注意を払うべき
イランには、宗教と世俗、内憂外患の様々な対立軸がある
政治に対する不満は万国共通でも、政教一致の国ならではの不満に加えて、長い歴史があるだけに悪しきナショナリズムの台頭を招く恐れもある
イランが仮に民主化するとしても、どのような国になるのか?
イランはいわば壮大な実験場のような国
古い親子像や家庭像がどのように変わるのか
宗教国家がどのように世俗化していくのか
仮に民主主義が起こるとしたら、立憲君主制になるのか、世俗的共和制になるのか
イスラムを掲げながらの民主化になるのか、様々な可能性がある

先日、ヘリコプターの墜落でライシ大統領が死んだ
イラン政府と日本のマスコミは、大統領の死を嘆くイラン国民の映像ばかり流していますが、現実にはほとんどのイラン人が歓喜
墜落の一報が流れるや、SNS上には「因果応報」「自業自得」といった言葉が
その夜、町には花火や爆竹の音が鳴りひびき、人々は胸を高鳴らせながら祝杯を
「大統領よ、死ぬなら前もって言ってくれ。つまみが全然足りないぜ(笑)」
イランではいい出来事があるとケーキやクッキーなどを大量に買って家族や友人、さらには見ず知らずの通行人にまで配って喜びを分かち合う慣習があり
翌朝、死亡の速報が駆け巡ると町という町の菓子店は大繁盛だったそう
今回こうした人々の姿は公共の場では見られなかった
前もって政府が、喪に服さない市民の言動には法的措置を取ると脅迫?
もともとライシ大統領はハメネイの腹心で、国民的人気はほとんどなかった
史上最低の投票率となった選挙で選ばれた大統領だった

なぜそこまで不人気だったかというとライシはかつて反体制派として投獄された市民を次々に処刑したことで悪名高い政治家だった
2022年の大規模デモを武力で強硬弾圧
イラン人は彼を「6年生のエビーちゃん」と
エビーは彼の名前エブラヒムからきていますが6年生というのは
たたき上げの彼は小学校しか出ていないと言われ、このあだ名は彼の学歴の低さを皮肉ったもの
「ハメネイへの忠誠心と残忍さだけでのし上がってきた、無知無学な男」
そんな人物の死を嘆き悲しもうなんて人は、ゴリゴリの体制派か、さもなくばよっぽど奇特な方
とりあえずハメネイが健在でいる限り、大統領不在となってもイラン政治に大きな混乱はない
ただ後継者候補といわれたライシの死で、ポスト・ハメネイ時代のイスラム共和国に暗雲が立ち込め始めた?

ただし、抑圧的な政策のためにイスラムが悪用されたことで、イランの人がイスラムに対して一面的な見方しかできなくなっているという側面も
決してイスラムが特殊な宗教なのではなく、イラン革命とその後のイスラム共和国がイスラムを壊した?

イランはイスラム革命後、イスラムイデオロギーに基づきパレスチナを支援するように
色々な国に散らばるシーア派の人々を支援したり、他のアラブ人にも手を差し伸べたりもしている
イスラム革命は民族対立や国境線で分断された対立関係を解消するイデオロギーとして出てきた面は確かにあった
しかし実際には対立は解消されなかった
なぜならイラン人にとってイスラムはやはり外来宗教だから
元々イランの人々の頭の中には
イスラム化と同時に征服されたという意識がある
いにしえのペルシャ帝国はイラン高原を中心に中央アジアからアナトリア、エジプトにまで及ぶ巨大な帝国を築き、文化的にも政治的にも進んでいた
しかし7世紀に台頭したアラブ人のイスラム帝国に占領されて、その後の2世紀あまり宗教はおろか、言葉もアラビア語を強制された
その歴史的怨念のようなものをイランの人々は持っている

そのためイラン国民を抑圧しているイスラム共和国政府が支援するパレスチナは敵だと判断する一方敵の敵は味方だとイスラエルを支持する人々も出てきている

・・・紋切型のレッテル張りは
目を曇らす

今日は~
シバザクラ
4月の終わり
一時期、絶えたと思ってた

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